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「自虐の詩」とは愛の変則系
堤監督に阿部寛。もう名コンビといっていいだろう。堤ワールドにちょっといそうでいない人を演じたら今、天下一品という阿部さんのからみ。それだけで不思議空間の出来上がりである。

今回はもう汚れも何のそのという境地までいった中谷美紀さんが加わってパワーアップ。中谷さんにしてみれが、「嫌われ松子の一生」、「7月24日通りのクリスマス」に続く汚れ役で、もしかしたら、後に中谷美紀の汚れ3部作なんて形容されるかもしれない。

パンチパーの阿部さんが、卓袱台をひっくり返す。このシーン自体がもう異空間。卓袱台をひっくり返すといえばアニメ・巨人の星の星一徹が思い浮かぶがあの人は1回しかひっくり返していない。それをこの人は4回(5回だったかも)ひっくりかえすのだ。
そしてこの人、しゃべらない。映画が始まって30分ぐらいしゃべらない。

中谷さん演じる主人公・幸江については映画の3分の1ぐらいの時間を高校時代のシーンにあてていて、自虐の原点を描いている。

元々は幸江の方が立場が上で、それにヒモのように離れずにいたイサオ(阿部寛)がどこでどういう風にして立場が逆転したのか、そこは描かれていないのだけれど、ちょっとその辺を描いてほしかった機がする。とはいえ、二人の異空間は不思議なつながりをもっていて離れない。周りからしたら、何であんな男と、と思うのが普通だが、そこは男と女、2人にしかわからない世界。それでいいのだ。

今時、ありえないだろうっていう、幸江の風俗嬢時代のファッション。フリルのついた傘にドピングのひらひらファッション。最近、映像界で流行の昭和30年代の物語かと思ったら最近の事だったと死ってびっくり。
2人の縁を象徴するものとして愛の5円玉があるのだけれど、アップで移されたそれには平成20年と書かれているのだ。つまり、来年!。

映像としてはちょっと断片的だけれど、それは原作が4コマ漫画という拝啓もあるのだろう。とにかく汚れのオンパレード。でも最後にハッピーが待っている。それが究極の救い。まさに「自虐の詩」。
author:funstyle, category:映画, 18:57
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「インベージョン」は期待以上の出来
「グッド・シェパード」のあとに観たせいだろうか。期待以上に楽しめた作品だった。
「SF/ボデイスナッチャー」のリメイクだということは知っていたからある程度のストーリーは知っていたし、軽い気持ちで観たのだけれど、これがどうして、中々に楽しめる作品となっている。

ニコール・キッドマンとダニエル・グレイクが出演していることに最初は何で、こんなB級映画に?という疑問があった。逆に言えば、作品はたいしたことない代わりにキャスティングで客を集めようというものではないかと疑っていた。そうした作品はたくさんある。

しかし、この作品に関して言えば、よくできているといって言いと思う。展開のスリリングさやカースタントのすさまじさは観ていてヒヤヒヤしっぱなし。短い映画(役90分ぐらい)だが、堪能できること間違いなし。

題材としては全く珍しいものではない。さらにはゾンビもののようにメイクに凝っているわけでもなく、宇宙細菌にのっとられて人たちは見た目何も変わらない。会話も普通にできる。ただ、無表情なだけ。これがインパクトがないと感じる人もいるだろう。しかし、それがかえって誰がのっとられていて、誰が正常なのか、よくわからない恐怖として描いているのだから一長一短というものだ。

主人公の女医はひたすら逃げる。銃を護身用にと手にするが、使う機会はほとんどない。
そして眠ってしまうと増幅してしまうという細菌の恐怖。自分が感染しえしまった事を知っているから眠るに眠れない。こういう自分との戦いもありながら、幼い息子を守り通して、逃げきれるのか。そのスチルはややダイ・ハード的といってもいい。

ニコール・キッドマンが魅力的。意思の強い、母の強さを汗だくで演じている。

洋画でサラっとおもしろい映画を今みたいなと思ったら意外とお勧め。その気楽さ加減がいいのだ。あとにしこりの残らない、エンタテインメント作品だ。
author:funstyle, category:映画, 18:18
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「グッド・シェパード」は予想通り重厚
うーん、重い。いや、重厚というべきか。制作がフランシス・フォード・コッポラで監督がロバート・デ・ニーロという組合せに想像できなかったわけではないが、ゴッドファーザーシリーズの雰囲気ありありの3時間、何かおこるんじゃないか、何かおこるんじゃないか、と重いながらの3時間、観た後に思わずため息をついてしまうほどの作品だった。

その重くしている要因はゴッドじゃーざーシリーズではマフィアの構想で血生臭いシーンも多々あったが、こちらはまるでない。CIAの設立にまつわり、それにかかわった男とそれを支えるために代償となった家族のある意味悲劇の物語でもある。

マット・デイモンの喜怒哀楽を一歩手前で押し殺す表情は主人公の苦悩をよく表してしる。息子を抱き寄せるときも決して笑わず、安心していない。そんな生活を送ることになった男の痛みがキューキュー伝わってくる。

大して、アンジェリーナ・ジョリー演じる妻は感情をあらわにぶつける。それを主人公はやるせないけども表情を大きく崩すことなく、かわす。一度、爆発しそうになるものの、ぶちきれる前で抑えて、妻の前を通り過ぎる。泣き叫ぶ妻。この対比は見事だ。この夫婦喧嘩のシーンは予告でも流れるが、この映画のテーマのひとつを語っている。

おそらく、闇に包まれるべき組織を描く上で容易した素材や資料・脚本などは幾重にもなることはコッポラ+デ・ニーロとなれば仕方のないこと。むしろ、3時間で良くぞまとめたというげきだろう。

どっぷりと3時間、観た後には結構疲れているはず。おもしろいとかおもしろくないとかではなく、ずっと、歴史の闇とそこに暗躍する人たちの苦痛を突きつけられて耐えなければならない。観ているこちらは苦痛というものではないけれど、楽しいというものでもないだろう。この映画を観るにはクラシックを生で聞きにいくような緊張感を強いられるのである。
author:funstyle, category:映画, 18:00
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「キングダム 見えざる敵」の緊迫感は一級品
9・11事件の裏物語ともいうべきもので、冒頭からはアメリカと中東との歴史・かかわりが映像で流されてゆくことで、見る側は政治的リアリティがこの映画にはありますよというように洗脳されてゆく。実際にはサウジアラビアを舞台にした政治的背景つきのアクションもので、相手を追い詰めてゆくときの銃撃戦と車が爆発炎上するシーンはすごい迫力がある。

題名のキングダム=王国はサウジアラビアを指している。現地で起こった爆破事件に仲間のFBIが巻き込まれて死んだことで組織の命令をよそにこの追撃をしてゆくさまが描かれる。

よくこういう政治的閉経をもって描かれた作品にはアクションやサスペンス映画といってもその味わいは薄く、メッセージ性の方が強調されて、観る者には少々重たく感じるものが多い。が、この「キングダム 見えざる敵」はそこに頼ることなく、純粋なアクション映画としても十分に楽しめる作品になっている。というよりはうまくバランスがとれていて、政治映画としてもアクション映画としても観れるというものになっている。

問題の爆破事件を画策したテロリストたちのリーダーを捜し求めるも中々見つからず、逆に人質をとられて、追いかけるシーンはリアリティがあるし、それを追い詰めるべく潜入してからの緊迫感は一級品だ。何か、見るほうが勝手にアメリカとイラクのテロリスト対決という国がらみを投影してしまうから、よけいにそう感じたのかもしれない。

ジェイミー・フォックス演じる主人公が現地へ飛ぶ前にささやいた一言とラストで少年が語るセリフが見事にマッチされて、思わずゾクっとくる。このセリフだけでもこの作品を単なるエンタテインメントアクションとして位置づけられないものにさせている。

十分に見ごたえがありながら、最後までホッとさせない、充実の作品である。
author:funstyle, category:映画, 18:52
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「ストレンヂア 無皇刃譚」は悪くはない
「ストレンヂア 無皇刃譚」は時代劇アニメだ。TOKIOの長瀬くんが主人公・名無しの声を演じていることも少し話題。

ストーリーは暗躍する集団(これが中国の明)が皇帝の命を受けて、日本に乗り込み、ある国家的儀式を行うため日本に来た、そのターゲットとなる少年とふと知り合った名無しの心情のいきかいを流しながら、アニメならではの迫力あるシーンが後半には連続で繰り広げられる。

設定と出会いが偶然過ぎる感もあるけれど、時代劇という風潮がそれも自然に受け止めさせてくれる。こういういわゆる活劇物は相手が強大であればあるほど、盛りあがるのだが、そこらへんはぬかりなく作ってあるという印象を受けた。

ただ、後半へと入り込もうとしたあたりから、何か、どこかの映画と似ているようにだんだんと思えてきて、観ながらそれを模索していた。

思い当たったのが、「あずみ」である。上戸彩さん主演のこの物語と設定は全く違うが、ストーリーの運び方、展開の仕方はほんとによく似ている。
一応、PG-12指定となっているものの、アニメとなって軽減されている殺陣の生生しさは「あずみ」を撮った北村龍平監督なら実写でも仕上げられたのではと思えた。

山や木々の色合いなど実写だと全く気に留めないものも、鮮やかに写るのはアニメの方がすぐれている。時代ものに感じられる静けさと独特の静寂感をあらわすほどではないが、
うまく描けている。

主人公が封印している刀を抜くときの演出にもっと凝ってほしかったが、あえてというぐらいで、決まったセリフや必殺技のようなものがある痛快時代劇とはいわないが、総じて、大人が楽しめるアニメであることに間違いない。
author:funstyle, category:映画, 18:31
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「パーフェクト・ストレンジャー」は予告が全て
ハル・ベリーとブルース・ウィルス。このビッグネームにつられてこの映画を観る人は多いと思う。私もそうだ。そしてあの予告。ラスト7分。きっとあなたはだまされる。という観る者への戦線布告。

この予告を観て、聞いて、少し構えてみるようになり、全てを疑って考えながら、観るようになる。しかも、根底的なものから疑ってだ。

そして、可能性として考えられるものから最終的に2つぐらいを自分の推理の中から残しておく。推理小説の犯人を考えていくのと同じだが、映像で見せられる分、きちんと視覚でそのネタふりが見えるから想像を働かせる書物よりも客観的に見れる分、わかりやすくなる。

結果、想像できる犯人となって最後に登場される。そういう意味では申し訳ないが、予告編のキャッチどおりにはいかないことになってしまった。

しかし、ハル・ベリーとブルース・ウィルスのビッグネームをうまく利用した映画といえるだろう。それほど大作でもなく、すごい請っているわけでもない。だが、2人が出ていることで何かあるのではという点に客を呼ぶ力がある。2人の側から観てみれば、そんなに体張って仕事しなくてもそれなりのギャラがもらえるという自分のブランド力を貸した仕事という感じだろう。

この映画はその班員増にびっくりするか、しないか。が全て、つまりは予告のキャッチどおりにはめられるか、そうでないか。によって大きく印象を変える。そうでない私には豪華キャストを楽しめる普通の作品と写ってしまった。こういう事はままあるのであまり気にならないが、客観的に見ても予告編のようなそれほど大げさな作品ではないといえるのではないだろうか。だから大胆なキャッチにしたのかもと思えば納得。
author:funstyle, category:映画, 18:50
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「エヂィット・ピアフ 愛の賛歌」は感慨ひとしお
かつて日本テレ系列の日曜9時には関東では「知ってるつもり」という名物番組が放送されていた。歴史を飾る著名人の人生を振り返って感じ入り、また感動し、勉強するというものだった。その番組のレギュラーコメンテーターだった加山雄三さんが数々の悲惨な運命に翻弄されてきた人を見てきた上で、「今回の人生はほんとに参った。すごいね。」と言わしめた人、それがエディット・ピアフだった。

シャンソン史上、最大の歌手。150センチほどの外国人にしては小さすぎつ体からあふれるパワフルな歌声は一度聴いたら絶対に耳に残るものだった。ジャンルは違えど日本のポップス史の中でたとえれば、元REBECCAのヴォーカル・ノッコのような雰囲気といえる。

映画ではその生い立ちから悲惨な境遇、めぐりあう人によって、支えられ、歌を見込まれて、大スターになるも、愛には恵まれず、それゆえに酒と薬におぼれ、48歳という若さでこの世を去る直前までを描いている。

私もこの人の事をリアルタイムで知っているわけではないけれど、先にあげた「知ってるつもり」のような番組を通してその悲惨さに驚嘆したことは覚えていた。
ありえないだろう現実のすべてを映画は描き出しているわけではない。映像化するには少し毒が過ぎるだろうと思われる部分にはふたをしたと思うことがある。

ピアフが薬におぼれてボロボロになった姿もそうだが、お母さんの存在がこの人にとっては不遇の象徴みたいなもので、それはある主の家庭内暴力に違いない。貧乏のどん底にいて、ピアフが大人になってから映画では一度だけ登場して、金をせびるが、こんなものではなかったと聞いている。そしてこの母の死をピアフは川にうかんだ死体を見て初めてしるのだ。こうした部分を映像化するのはやはりその部分自体が話題になることを避けたのだろうか。

人ぞれぞれにいろいろな人生がある。しかし、母親が川にうつぶせになってうかんで死んでいる様など出合える環境にいる人はごくまれであると思う。映画で語られた悲惨な境遇はピアフの一部でしかない。

個人的に残念だったのは名曲「愛の賛歌」がほんのひとときしか使われなかったという事だ。これは失った恋人を思って歌い上げるものだが、これを歌う姿は映画の中では登場しない。バックで流れるだけである。

この人を見ていると、「そりゃ、体もボロボロになるな。まず、精神的にまいる」と思わざるを得ない。もし、その不世出の歌声と引き換えにこの人生を用意されたなら、あまりにも酷。映画はその断片をつづって、観るものに感慨を与える一品として仕上がっている。ピアフという存在に感じ入るにはいい作品だろう。

author:funstyle, category:映画, 18:28
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「ファンタスティック・フォー 銀河の危機」
2年前の初編が4人が超人能力を持つようになった紹介をかねながら、その力を使って市民を助けるほんとの序章だったので今回が本格スタートという感じ。

予告編で使われるシーンは迫力とスピード感があり、「銀河の危機」というタイトルからしてものすごいスケールが大きくなったと想像しがちで、観たいなぁと思わせるつかみは十分なものがある。

超人ヒーローものは適役がすごければすごいほど盛り上がるものだが、今回のシルバーサーファーはそれだけではない、ちょっとひねりが加えられている。単なる極悪人というわけではない、その設定が最後に大きく効いてくる。意外な展開となるわけだが、その分、ファンタスティック・フォーの活躍がセーブされてしまった感があるのは私だけだろうか。

予告編ではシルバー・サーファーが地球を壊しにやってきたというつかみになっているが、その裏には意外な悪の存在が出現するという形でここらへんは本編を観ないとわからないだろう。

そして、さぁ、ファンタステック・フォーの面々がどうやってこれと戦い、どうやって銀河の危機からわが地球を助けるのかとクライマックスに向けてワクワクしていると、「ん?どうして?なんで?」っていう展開で最後の最後でファンタステック・フォーが
・・・・。

うーん、これでいいのだろうか。もっと活躍してほしかった。というのが正直なところ。
ちなみに前作で敵役だったビクターが死んでいなくて再び登場してくるのは付録。なんか、これ以降も出てくることは間違いない。

同じアメコミヒーローとしては1人ではなく団体ものだがら、見せ場も多く作れるはずだが、今回は設定が全てで、4人の力配分は前作のほうがよかったと思う。

最初に日本から始まり、最後も日本で終わるというあたりは前作が意外に日本でウケた事への感謝だろうか。先入観で期待すぎぎたことを除けば、そこそこは楽しめる作品となっているのではないだろうか。
author:funstyle, category:映画, 11:50
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「題名のない子守唄」は悲しいサスペンス
今でも多くの人が「ニュー・シネマ・パラダイス」はいい、好きだといい、名画ベスト100とかやると必ず入ってくるのである。それ以来、日本でもジュゼッペ・トルナトーレという監督に期待するものは大きくなったといえる。

その最新作がこの作品。母の愛というものをサスペンスタッチで描いていて、ちょっとアダルトな場面には「ニュー・シネマ・パラダイス」や「海の上のピアニスト」を見て穏やかな感動をもう一度というには少し勝手が違うかもしれない。

この主人公のトラウマとなる事件というか発端となるものがまず衝撃で、現代にこんなことがありえていいのだろうか。という疑問はある。が、それはほんの最初のことで、映画が進むにつれてどこでどうなるんだろう、というヒヤヒヤ感とともに、真実が明らかになるラストで「ええっ!そんな!」という感嘆にかわるまで一気に魅せられてしまう。

この映画は影の使い方が見事だと思う。主人公の心情を照らし出して、その闇と希望をあてていると思う。

単純にとれば復讐劇ともとれるし、自分の願いのために人を傷つけてしまうこともある。
それを超えて母の愛は深く、思いものだということを監督は述べているのだろうか。

「女は悲しみを食べて生きている」というキャッチコピーがほんとうに痛い、悲しくも最後はほっと胸をなでおろす。やはり、トルナトーレ監督の作品だからただのサスペンスで終わらないのが持ち味になっていて、安心するのだ。
author:funstyle, category:映画, 18:40
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「スキヤキウェスタン ジャンゴ」はどうなんだろう
この映画の情報を始めて聞いたとき、とてつもない駄作になるか、画期的傑作になるか、また、見方によってかなり印象が変わるのではないかと瞬間的に思ったことを思い出す。

こちらにはタらンテイーノ俳優と出演している。監督は盟友とも呼ばれる、三池監督だからやHり、そこは考えちゃいけない。昨年から今年にかけても「妖怪大戦争」や「龍が如く」といったハチャメチャエンターテインメントを作らせたら1級の監督である。三池監督自身、昨年公開されたタランティーノ製作の「ホステル」に出演しているから今回はそのお返しという感じだ。

ただ三池監督の映画は信望者が多いのか、キャストは豪華だ。今回も伊東英明、佐藤浩市、伊勢谷友介、桃井かおり、木村佳乃 、石橋貴明、安藤政信、香川照之と蒼々たるメンバーが出演している。

設定が壇ノ浦の戦いから数十年たったあとの末裔の戦いとか、それなりの請った設定はあるものの、西部劇でよくある、対決する両者のところへ流れ者がやってきて、それまで静かにくずぶって闘争目前だったものに一気に火がつけられるというバターンは王道。

たた、ちょっと違うのは主人公、伊東英明さん演じる流れ者の存在のほかに桃井さんのややミステリアスな存在がいることだ。それは後半その正体がばれたとき、クライマックスの銃撃シーンを盛り上げる重大要素となってくるあたりにひねりがある。

日本人が前編英語で通すあたりに無国籍感をだしたかったのだろうが、この企画からして遊び的要素がふんだんにあり、俳優陣が演技を大げさにしても、それを演出する三池監督自身がそれを好んでやる人だろうから全然OKなのである。

アメリカの西部劇は少し叙情的な人間ドラマの部分があり、「駅馬車」や「荒野の決闘」といった名作と数えられる作品は皆その要素を持っているが、イタリアのマカロニ・ウエスタンはふざけ気分が取り込まれていて、エンタテインメントに傾いている傾向がある。
その存在を知らしめたクリント・イーストウッド主演の「荒野の用心棒」は黒澤明監督の「用心棒」のパクリだというのはあまりにも有名だ。だからこの「スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ」もマカロニ・ウエスタン系統だといえるだろう。

実際、石橋さんが演じる男が棺桶に武器をいれているあたりはまんま「続・荒野の用心棒」のバクリで、前夜祭ではこの作品も同時上映しているから公認ということだろう。ちなみに「続・荒野の用心棒」の主人公の名はジャンゴなのである。

マカロニウエスタンではクリント・イーストウッド、フランコ・ネロ、ジュリアーノ・ジェンマが主演御三家としてよく取り上げられ、彼らの作品は日本でも皆公開されたが、
今DVDとかで観れるのはイーストウッド出演作ぐらいだろう。

伊東英明さんの主人公はこの3人にたとえるなら間違いなくジュリアーノ・ジェンマである。端正な甘いマスクとスリムで長身の姿は女性ファンも多く、日本のコマーシャルにもでたと思うが、今はどうしているのだろうか。彼の作品は最近、テレビでもやらないから見ようと思っても中々観れないが、機会があったらこの作品と、見比べたいものだ。

しかし、よくこの企画で映画化したものだと思う。傑作かというかは人によるだろうが、画期的作品とは言えてしかるべきものがあるのではないだろうか。
author:funstyle, category:映画, 10:35
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