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酒井法子は復活する・・・たぶん
今週末は酒井法子被告の保釈報道で芸能ニュースは固められた。

 これを見るに、彼女の芸能界復帰は間違いないと思った。

びっくりした。警察署をでて、すぐさま記者会見準備、そして本番。
横にはレコード会社役員と元事務所の社長がいる。 私はてっきり弁護士さんと警察署前であいさつをする、それだけだと思った。 彼女がどう思うかは別として皮肉にも、間違いなく、彼女の商品価値は上がっていると思われた。

やはり、サンミュージックにとっても酒井法子は特別な人なのだ。 それは彼女がでてきた1986年という時期に大きく関係する。

1986年、この年はサンミュージックにとって勝負の年だった。70年代を支えた桜田淳子さんはとうにピークを過ぎ、5年以上トップとして君臨した松田聖 子さんが神田正輝さんと結婚・妊娠で一次休業して大幅収入ダウンは免れない状況だった。しかも、前年はおニャン子旋風でどの事務所のアイドルもこの年デ ビューした人は皆のまれた。 85年デビューでおニャン子に負けなかったのは斉藤由貴さんと亡くなった本田美奈子さんぐらいだった。

そしてあの衝撃の事件。岡田有希子というおニャン子よりも前にデビューし、その波に飲み込まれずに当時トップアイドルともいわれたが、まさかの事務所屋上 からの飛び降り自殺。1986年の4月だった。事務所のあった四谷三丁目は騒然だった。いや、そんな言葉では語れない衝撃だった。

残っている売れっ子は早見優さん、ただひとり。もちろん、他にも多くのタレントはいたが、売れっ子としてのこっていたのは優さんぐらいだった。売れっ子と はいえ華の82年組といわれる同世代のアイドル、堀ちえみ、石川秀美、シブがき隊、小泉今日子、中森明菜らと比べると、明らかにヒット期間は短く、86年 には優さんはベスト10常連歌手ではなくなっていた。

そこへ現れたのが酒井法子だった。しかも彼女は恵まれない家庭環境を持っていたことで、当時の相沢社長(現会長)が相当かわいがったといわれている。同時 にそうした環境下にあった事務所の救世主のような存在だったといえる。

彼女にはまだ裁判が残されているし、結審してからもリハビリなど当面の復帰はないだろうとは思う。だが、結局支えるのは元事務所であることは沖らかで、1 年後とかもうすでに計画は進行していると思われる。裁判の日程次第という点はあるのであくまでも予定という段階ではあるが・・・。
author:funstyle, category:俳優・タレント, 01:15
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