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ジョンの魂に黙祷
一昨日、12月8日はション・レノンの命日だった。
昨日の夕刊(読売)の1面にカラーで関連記事が載っていた。

射殺されたときジョン・レノンはまだ40歳だった。泣くなって25年が経つ。
忘れもしない、私がこのニュースを聞いたのは神田の三省堂の前を歩いているときだった。

 「今日、自宅であるニューヨークのアパート、ダコタハウスの前でジョン・レノンさんが射殺されました。」

一瞬で何も考えずに立ち止まった。そのニュースは三省堂前の液晶ビジョンから
聞こえていた。ふと見ると皆一様に固まっていた。

私はビートルズ世代ではない。そういう言い方をするならばクイーン・キッス世代かビートルズの系譜になぞって言えばウイングス(ビートルズ解散後にポール・マッカートニーが作ったバンドで70年代はビッグヒット連発していた)世代ともいえる。

更に言えばジョンよりもポール派だった。が、しかし、ジョンの偉大さは今更語るまでもないほど染みている。それは彼がなくなった1980年にはとうにしみまくっていた。だから凍りついた。

撃たれた瞬間、ジョンは「う、撃たれた。」といってうずくまったという。
恋人、オノ・ヨーコの目の前だったそうだ。

ポール・マッカートーもこのアパートにはジョンを訪ねてよくやってきたと聞いている。盟友ジョンと知り合って23年後に別れたポールはなくなって25年の今年も精力的に活動している。たぶん、間違いなくジョンの才能を一番知っていたのはポールだったろう。今彼は自分も老大化してゆく中で25周年という命日を誰よりもかみしめているのではないだろうか。

20世紀の音楽とロックの歴史を変えたというビートルズ。そのリーダーだったションのことは12月8日がくるたびにもう何十年かは思い出してしまうのではないだろうかと思いつつ、ビートルズの音楽を聞きたくなってきた。

author:funstyle, category:音楽, 01:26
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